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2019年8月1日木曜日

第13回 「妥当性」「酷」等の実質論の使い方 その1

第13回 「妥当性」「酷」等の実質論の使い方 その1



0 今回の趣旨と結論の概要

(1)今回の趣旨

 問題集の参考答案等を見ると、規範定立の際に「・・・と解するのは妥当でない。そこで~と解する」と書かれていたり、あてはめの結論部分で「・・・の要件を満たす。なお、本件では~であることから、このような結論も不当ではない」などと書かれているのを見ることがあると思います。

 答案を書くのに慣れていないうちは、このような記述を見て、「妥当性」が万能ワードのように思えてしまい、条文の要件、規範定立もあてはめもすっ飛ばして「・・は妥当でない。よって甲の請求は認められる」とか、「Aの請求が認められないのは・・の事情から酷である。よってAの請求は認められる」などという書き方をしてしまうことがあるかもしれません。

 本ブログ(特に「第1回 法適用の基本構造」など)をここまで読んできた人は、このような極端な書き方をすることはないと思います。ただ、「妥当性については、どこでどのようにどのくらい考慮すべきなのか」については整理されていないかもしれません。今回は、この部分の整理についてのお話です。



(2)結論の概要



 結論を言うと、「『妥当性』は万能ではないので、自説の決定的な論拠にはしない」ということを意識したうえで、『妥当性』に言及する場合は、

・『自説(特に規範定立)の論拠の一つとして挙げる』
・『あてはめをして結論を出したうえで、その結論が不当でないことを述べ、結論の妥当性に配慮していることをアピールする』
・『一般的に使われる規範では結論が不当になってしまう場合に、修正規範を定立する必要性の根拠として書く』


の3つの場面だけで指摘すればよいといえます。
 また、これらは答案上で常に指摘する必要はなく、状況に応じて適宜指摘すれば足ります。

 以下、具体的な理由を説明します。




1 妥当性と法的安定性

(0)要点

 法解釈・法適用の際には、具体的事例においての結論の妥当性だけではなく、法的安定性も必要です。したがって、「結論が妥当でさえあれば良い」といった実質論偏重の思考は避ける必要があります。
 以下に詳しく述べます。


(1)結論の妥当性の重要さ


 法は現実に適用され、人の権利関係を規律することになるので、結論の妥当性は無視できません(裁判において非常識/不当な結論の判断ばかりがされるのであれば、いつか、暴動なり政治過程なりを通じて、裁判制度が変わっていくことになるでしょう)。
 したがって、答案においても、結論の妥当性に対する一定の配慮は必要です。


 しかし、結論の「妥当性」はそれだけが最優先されるべき事項なわけではありません。



(2)妥当性偏重が法的安定性を害すること


 結論の妥当性、という観点だけで考えると、どんな解釈であっても結論が妥当なら良いようにも思えますし、極端な話、全ての論点において「諸般の事情を考慮して結論が妥当となるように判断する」という規範を定立してしまって、あとは全部あてはめで考慮してしまえば結論が出せるようにも思えます。
 さらに、問題はこのような個々の規範定立の話だけにはとどまりません。
 そもそも、このように実質論だけで結論を出してしまうのなら、例えば民法の条文自体、1条(公共の福祉、信義則、権利濫用禁止)だけを規定し、それ以外については各事例で実質論を議論して結論を出せばよいようにも思えます。


 しかし、このように妥当性だけを強調するのは不適切です。「妥当性」という概念は極めて曖昧であり、これを基準に判断を行ってしまうと法的安定性を無視することになってしまうからです。



(3)法的安定性(予測可能性)の重要さ

 以下に述べるとおり、法適用においては、妥当性のみならず、法的安定性の観点も無視できません。


ア 事例ごとの安定性・公平性の観点


 前にも触れたことがありますが、裁判は公務ですから、事例ごとの結論は安定しているべきです(同じような事例では同じように判断されるべきです)。


イ 人の自由保障の観点


 また、刑法の自由保障機能を想起すればイメージしやすいことだと思いますが、人の活動の自由を保障するためには、法規範は具体的に与えられているべきです。これは刑法に限らず、民法等でも同じことです。「どのような取引をすればどのような権利を取得できるのか。何をすれば要件を満たせるのか」があらかじめ具体的に与えられていないと、自分の望む通りの活動(経済活動その他)ができなくなってしまいます。

 たとえば、民法483条は、特定物売買においては、「引き渡しをすべき時の現状」で引き渡すべき旨を規定していますが、もしもこの条文がなければ、特定物売主としては「何が何でも契約時の状態を完全に維持したまま引き渡さなければならない」という恐れを払拭できず、特定物を売り渡すこと自体を躊躇してしまうかもしれません。

 また、例えば、敷金返還請求権の発生時期について、裁判所として「明渡時説」「終了時説」を決めずに、事例ごとの結論の妥当性だけで場当たり的に決めるとなると、賃貸人、賃借人とも、「どのようなつもりでいればよいのか」がわかりません。(※なお、この点については、令和2年施行改正民法では662条の2第1項1号で明渡時説が明文化されました。)



 このように、「この状況で自分の権利は守られるのだろうか?」の予測を可能にし、人の自由を保障するためにも、法的安定性の観点は重要です。


(4)以上のとおり、法の世界では法的安定性も極めて重要な観点であり、この点を無視して妥当性論(実質論)ばかりを強調した法適用を行うことは、不適切といえます。



(次の記事に続きます。)



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