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2019年8月31日土曜日

第14回 刑事訴訟法答案の基本構造 その2


(前の記事の続きです。→その1はこちらです。


3 伝聞法則(320条1項)答案の基本構造

 伝聞法則の検討の流れは、


A 伝聞証拠に当たるかどうかの検討
 ↓
B 伝聞証拠に当たるとして、伝聞例外に当たるかどうかの検討
 ↓
結論



となります。


 条文で言うと、Aは、320条1項の要件検討です。Bは、各伝聞例外条文の要件検討、となります。


 以下で、A、Bのそれぞれの構造について触れたうえで、最後に実際の答案での書き方の例を説明します。




1)A 伝聞証拠に当たるかの検討



ア 伝聞法則の基本構造

 通常の「法適用の基本構造」通り、320条1項の要件を検討することになります


 具体的には、

①法的根拠である320条1項の指摘
 ↓
②要件「公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすること」の指摘
 ↓
③解釈して規範定立「反対尋問を経ない供述で、要証事実との関係でその供述内容の真実性が問題となるものを言うと解する。」(☆)
 ↓
④本件あてはめ
 ↓
⑤結論


というのが基本的な流れになります。

(※さらに言うと、③のところで「なお、『供述』とは、『その供述成立に至る『知覚記憶叙述』の中に過誤が生じる恐れがあり、その有無を本来は反対尋問でチェックする必要があるようなものに限られる』」という限定が付きますが、常にここまで規範定立する必要はありません。写真・映像等の機械的に作成される証拠の場合等に答案上に示せば足ります。)


 思考整理が曖昧だと、つい条文も指摘せずに唐突に「伝聞証拠とは・・・」などと議論を始めてしまったり、☆の定義を伝聞例外の検討の中で触れてしまったりして答案が混乱することがあります。ここは、「320条1項の要件を満たし、原則として証拠排除されるかどうか」の検討であることを意識して整理しておく必要があります。



 ただし、320条1項が「書面」と「伝聞供述」で分けて規定している関係上、条文上の文言にこだわって答案に書くと紙幅を無駄に取られてしまいます。そこで、実際には上記②③の代わりに、「320条1項で原則として証拠能力を否定される伝聞証拠とは、☆を言うと解する。」など、少し大雑把な書き方をするのがお勧めです。(この書き方でも理解は十分に伝わります。)





 以下、「④本件あてはめ」の検討の流れを説明します。


イ 要証事実の特定

 「要証事実との関係で」考える以上、まずは要証事実の特定があてはめのスタートラインになります。

 これは基本的には検察官の言う立証趣旨のとおりでよいですが、そのように解すると当該証拠の存在価値がない場合などは、要証事実を合理的に解釈する必要があります。(例えば平成21年本試験問題、最決平成17年9月27日刑集第59巻7号753頁など参照)


ウ 供述内容の真実性が問題となるかどうか

 たとえば同一人の自己矛盾供述を弾劾証拠として用いる場合には、当該伝聞証拠の内容の真実性自体は問題になりません(自己矛盾供述の存在自体が当人の供述の信用性を弾劾します)。

 したがって、「当該伝聞証拠の内容自体が真実であって初めて立証に役立つ(例えば、検察にとって有利な認定ができる)」場合に限ってこれに当たることに注意が必要です。


エ 反対尋問を経ないこと

 伝聞供述や供述書面であればこの要件を満たしますので、簡単に指摘すれば足ります。



(次の記事に続きます。)


2019年8月25日日曜日

第14回 刑事訴訟法答案の基本構造 その1

第14回 刑事訴訟法答案の基本構造 その1


1 刑事訴訟法答案の基本構造

 刑事訴訟法答案においても、基本的には、法適用の基本構造通りに書くことで答案の大枠が出来上がります。

 たとえば、逮捕に伴う捜索差押の適法性が問題となっている場合であれば、

①法的根拠である220条1項の指摘
②「逮捕の現場」「逮捕する場合」等の要件の列挙
③各要件を解釈して規範定立
④本件で各要件が満たされるかの検討
⑤結論

という流れです。

 問題となる条文ごとに、この流れを繰り返すことで答案の形になるのは他の科目と同様です。


 ただ、「任意捜査の原則」「強制処分法定主義に反しないか」「任意処分の限界」といった論点や、伝聞法則関係の論点など、典型論点中の典型論点でありながら思考過程の整理が曖昧になりやすいものもあるので、今回はこれらの点についても補足しておきます。(他の論点についてはまた機会をみて触れられればと思います。)



2 捜査についての一般的原則(強制処分法定主義、任意捜査の限界等)の議論



(1)各種の原則と、法的根拠の整理


 捜査については、

①任意捜査が原則である
②もしも強制処分に当たるなら、法定が必要である
③強制処分に当たらないとしても任意捜査の限界を超えないことが必要である


とされています。


ア ①任意捜査の原則の根拠

 この根拠は、197条です。
 すなわち、197条1項本文では、「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。」とし、この条文は、「必要な取調」について、その取調(=捜査)は許される、と定めています。
 これと但書の「但し、強制の処分は・・・」を合わせると、「必要な捜査は許されるが、任意捜査が原則である」ということになります。



イ ②強制処分法定主義の根拠

 この根拠は、197条1項但書です。
 すなわち、同但書では、「但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」とし、法定のない強制処分が許されないことを定めています。



ウ ③任意捜査の限界の根拠

 これについては、刑事訴訟法の明文上の根拠はありませんが、警察比例の原則によって、任意捜査にも限界があると解されています。



2)検討の流れの大枠

ア 実際に書くべき論点

 「強制制処分法定主義」や「任意捜査の限界」の論点が試験で問題になるのは、通常、「法定のない捜査がされた場合で、当該捜査が適法かどうかを問われたとき」です。
 この検討においては、②「強制処分法定主義に反しないか」③「任意捜査の限界を超えないか」が主な問題となってきます。

 なお、①「任意捜査の原則に反しないか」については、通常の事例問題では、独立には論じる必要がありません。何故なら、たとえば検証と実況見分で考えると、「被疑者等の同意があるのなら、警察は実況見分を選択しているはずなので任意捜査の原則に反しない」し、「被疑者等の同意がないのなら、強制処分である検証によるしかないのでやはり任意捜査の原則に反しない」といえるので、いずれにせよ「任意捜査の原則への抵触」は事実上問題にならないからです。


イ 議論の流れの大枠

 この②③の検討の流れは、以下のように考えることになります。

「強制処分に当たるか」を検討する
   ↓
(a)強制処分に当たる場合⇒法定があるかどうかを検討し、結論を出す
(b)強制処分に当たらない場合⇒任意捜査の限界を超えないかどうかを検討する


 ここで重要なのは、まずは「強制処分に当たるかどうかの議論」から始める、ということです。
 なぜそのような順序で議論をするかというと、「任意捜査の限界の議論は、当該捜査が任意捜査である(強制処分でない)ことを前提にする議論だから」です。
 当該捜査が任意捜査なのかどうかが確定しないうちから「本件捜査は任意捜査の限界を超えないか」などといきなり書き始めないように注意が必要です。



ウ 実際の答案での流れ

 実際の答案では

「警察のした本件捜査は、強制処分に当たらないか」
   ↓
(a)「・・・から、本件捜査は強制処分に当たる。そして、本件捜査は法定がないので、197条1項但書に反し、違法である。」

(b)「・・・から、本件捜査は強制処分に当たらない。
もっとも、任意捜査の限界を超えないか・・・・・・(⇒任意捜査の限界の議論)」


などと書いていくことになります



(3)強制処分法定主義の規範とあてはめ

ア 採用する規範とあてはめのやり方について

 上記のとおり、当該捜査が「強制の処分」に当たる場合、それが個別に法定されていない捜査であれば、違法です。
 そこで、「強制の処分」の定義を述べて規範定立したうえで、本件でこれが満たされるかを検討することになります。

 この定義は各種あるかと思いますが、使いやすいのは、「意思に反して」「重要な権利を侵害する」といった定義かと思います。
 なお、規範として「重要な」というたいへん曖昧なものが出てきていますが、197条1項但書のような一般的な条項についての要件を具体化するのも限界がありますし、上記は学説上も普通に提唱されている定義なので、ここはこれで良しとしておいてよいです。


 ただ、実際のあてはめの際には、「捜索差押その他、法定されている強制処分に比肩するような権利侵害があるか」といった観点をもって重要性を認定するのが良いでしょう。この点は、以下の判例も参考になります。


イ 判例の規範について

 強制処分の定義について、判例は、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」(最判昭和51年3月16日刑集第30巻2号187頁:リンクは裁判所ウェブサイト)などとしています(下線、太字は筆者)。

 この規範定立は、下線部で例示をしつつ、太字部分で一般的な定義を述べる、という形をとっています。
 ここでいう「特別の根拠規定」というのは、要するに、法定された強制処分(逮捕、捜索、差押等)を想定しているとみられます。
 すると、強制処分法定主義(197条1項但書)と併せ考えると、この判例は、「法定がなければ許容することが相当でないような手段は強制手段であり、法定がなければ許容されない。」ということを意味しており、この点に着目するとトートロジー的です。したがって、結局は、例示部分から読み取れる「意思制圧、権利侵害の重大性を考慮する」という面が規範として重要なのでしょう。


 このように考えると、結局は「意思に反するか」「権利侵害が重大か」を考慮して判断することになります。したがって、このような観点からしても、上記のとおり、通常の学説のような規範でよいといえます。
(議論として浅いようですが、答案を書く、という観点からはこの程度の整理でよいと思います。)


(4)任意処分の限界の規範とあてはめ

ア 採用する規範について

 これについては判例の規範で特に問題ないでしょう。
 すなわち、上記判例は、「強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるもの」としており、任意処分の限界についての基準を立てています。

 「具体的状況の下で相当」という極めて曖昧な基準となっていますが、捜査についての一般条項である197条1項を解釈している関係上、あまり具体的な基準を立てるのは困難ですし、学説上もそれほど批判のある所でもないので、判例の規範で特に問題ありません。

 ただし、規範が曖昧である以上、あてはめが特に大切になってきます。


イ あてはめについて

 判例の規範では、あくまで「相当性」が軸であり、「必要性・緊急性など」はその考慮要素に過ぎませんから、メインで検討するのは、相当性です。

 ただ、そもそも「相当」とは何か、といえば、「何かと何かがふさわしいこと」です。そして、捜査の場面でいえば、衝突するのは「真実発見と人権保障」です。したがって、「捜査の必要性(緊急性)の程度」と「手段の人権侵害性の程度」を見比べて、ふさわしいかどうかを検討する、ということになります。

 ところで、これまでに何度か出てきているとおり、このような「相当」などという曖昧な基準に照らして判断する場合は、方向性に着目したあてはめが必要になってきます。

 たとえば、相当な捜査を超える、という結論を導くのなら、「~であるから、必ずしも捜査の必要性は高くない。他方、本件捜査によって害される利益を考えると、・・・であることからすると、『〇〇しているところを写真撮影されない期待利益』は大きいものというべきである。以上からすると、本件捜査は相当なものとは言えない。」などといった書き方が考えられます。(下線部分で議論の方向性を示しています。)

 このような場面では厳密な論理性を示すことは困難ですから、あまりそこにはこだわらず、事実をしっかり拾って議論の方向性を示し、「関係する事実関係をしっかり考慮して結論を出しましたよ」ということをアピールすることに注力するのが良いでしょう。



(3)補足:法定がないことと令状がないことの違いについて

 問題集の答案例などで、「本件で警察は、無令状で〇〇を行っているが、これは197条1項但書に反しないか」などといった問題提起がされているのを見ることがあります。こういった書き方については、「強制処分法定主義の議論なのに、なぜ令状の有無を指摘するのか?」という違和感を抱くことがあるかもしれません。

 この点、197条1項但書の要件から考えると、それは、「強制処分であること」と「法定がないこと」です。

 したがって、強制処分が違法となるための要件について197条に即して論じるのなら、「法定がないこと」が要件であり、「令状がないこと」は要件ではありません。(さらに言えば、「強制処分法定主義」は、捜査についての立法的統制を及ぼすもので、他方、「令状主義」は、捜査についての司法的統制を及ぼすものであり、その趣旨からしてそもそも別個の問題です。)

 この観点からすると、上記のような問題提起は不正確な表現ですので、避けた方がよいでしょう。
 答案に書く際は、素直に、「本件で警察は、法定のない〇〇という捜査を行っているところ、これは197条1項但書に反しないか。本件〇〇が強制処分に当たるか問題となる。」などと問題提起すれば足ります。


(次の記事では伝聞法則の思考整理について触れます。)



2019年8月8日木曜日

第13回 「妥当性」「酷」等の実質論の使い方 その2


(前の記事の続きです。→その1はこちらです。


2 妥当性論(実質論)をどのくらい書くか

 前回の記事の1で述べたとおり、妥当性論(実質論)は、法的安定性と対立する観点であり、これを偏重することはできません。しかも、何をもって妥当とするかは論者によって一定しない面もあります。

 したがって、妥当性を決定的な論拠として自説を論証することは基本的に避けるべきです。書くのなら、「・・と解するとなると~となって不当である。思うに、~であることからすると、〇〇と解する。」など、あくまで論拠の一つとして触れるにとどめるべきだといえます。



3 どこで妥当性について書くか

 先に述べたとおり、法適用は一定の妥当な結論を導くものでなければいけませんから、法適用のほどんどのプロセスにおいて、妥当性への配慮は必要です(ただし、常に答案に書く必要があるわけではありません)。


(1)法適用の基本構造内での整理

 これを、法適用の基本構造の各プロセスで具体的に考えます。


①法的根拠の指摘

 法的根拠は、基本的に条文の形で与えられているので、そのような場合には「妥当性」論が入る余地はありません。
 ただし、法的根拠が「明文のない法理論」の場合は、通常、当該法理論を支える根拠の一つとして妥当性も考慮されているはずです(妥当性を無視した法理論が、法的根拠として広く受け入れられるとは考え難いからです)。
 したがって、これに言及するのはあり得ます(ただし、妥当性が決定的な根拠になることはあまりないので、その言及は略してよいのが通常でしょう)。


②要件の列挙


 要件についても、基本的に条文の形で与えられているので、「妥当性」論が入る余地はありません。
 ただし、法的根拠が「明文のない法理論」の場合や、明文なき要件の場合には、解釈によって要件が定まることになります。このような場合、通常、当該要件を定立する論拠の一つとして妥当性も考慮されています。したがって、論拠の一つとして妥当性論に触れるのもあり得ます。




③要件を解釈して規範定立

 ここは、どのような論拠でどのような規範を立てるかについて明文等で定まったものがあるわけではないので、妥当性も考慮して規範定立することになります(ただし、常に答案上に書く必要があるわけではありません)。
 たとえば、現行民法534条1項(債権者主義)における制限説の根拠の一つとして妥当性を考慮する、などです。
 このような積極的論拠として挙げる他にも、試験問題の事例の特殊性から、一般的な判例学説等で言うような規範では不都合な結果が生じてしまうときに「修正規範が必要となる論拠」として妥当性に触れる、という場面も考えられます。



④あてはめ


 あてはめでは、基本的に「当該事案での事実関係が定立した規範に当てはまるか」をチェックしますから、その際、「当該事例における結論として妥当かどうか」というのは一切関係ありません
 「『侵入』とは住居権者の意思に反する立ち入りを言うと解する」と規範を定立したにもかかわらず、(住居権者の意思に反したかどうかについての認定もせずに)「~という事情から、甲は『侵入』したものと見るのが妥当である」などと書いてしまうと、論理性も何もあったものではなくなってしまいます
 あてはめにおいては、「妥当性は考慮せず、定立した規範に文字通りあてはまるかどうかだけを検討する」ということに注意が必要です。



⑤結論


 実務を想定すれば、「結論が本当に妥当なのか」は重大な関心ごとですから、自分が導いた結論が妥当性に不安を感じるようなものである場合、「何故それでも不当ではないのか」を言う必要があります。でないと、「実務での結論の妥当性を無視して形式的な法適用だけをする受験生だ」と試験委員に思われてしまうからです。

 したがって、自分が導いた結論について、常識的に考えて妥当性に不安があったり一方に酷だったりする場合は、「~の理由から、このような結論も不当ではない」「・・であるから、このような〇〇に酷な結論となることもやむを得ない」など、「結論の妥当性への配慮」を示す必要があります。


(2)よりコンパクトな整理


 以上、法適用の基本構造内で整理したものをよりコンパクトに整理しなおすと、妥当性について考慮するのは、

A『自説(特に規範定立)の論拠の一つとして挙げる』(上記①・②各後半部、③部分)
B『あてはめをして結論を出したうえで、その結論が不当でないことを述べ、結論の妥当性に配慮していることをアピールする』(上記⑤部分)
C『一般的に使われる規範では結論が不当になってしまう場合に、修正規範を定立する必要性の根拠として書く』(上記③部分)


の3つの場面に整理できることになります。(さらにまとめると、CはAの中に入りますが、3つに分けた方が見やすいかと思うのでこのように整理しました。)

 以上から、前の記事の冒頭の結論となります。



(3)答案で書くかどうかの判断について


 なお、これまで述べてきたとおり、基本的に「妥当性」は決定的な論拠にはならないので、上記のABCは、常に答案上に示す必要があるわけではありません。実際に答案に書くかどうかについては、以下のような整理でよいと思います。

 Aについては、基本的に略してよいです。最近の司法試験は、じっくりと自説を論証することはそれほど求められていないとみられるからです。

 Bについては、自分の導き出した結論の妥当性に不安があるときは、必ず書くべきです。そうでないと、結論の妥当性に配慮しない受験生だと思われてしまうからです。

 Cについては、該当する場面(普通の規範では結論が不当になるとき)では、必ず書くべきです。その不当性が、「一般的な見解を修正する必要性」を支える根拠だからです。



4 まとめ


 以上述べてきたとおり、妥当性については、限定された場面で補助的な指摘をするにとどめるのが適切と考えられます。
 少なくとも、「妥当性」を自説の決定的論拠に据えたり、規範定立→あてはめの流れを無視して妥当性だけで結論を出したりすることは避ける必要があります。









2019年8月1日木曜日

第13回 「妥当性」「酷」等の実質論の使い方 その1

第13回 「妥当性」「酷」等の実質論の使い方 その1



0 今回の趣旨と結論の概要

(1)今回の趣旨

 問題集の参考答案等を見ると、規範定立の際に「・・・と解するのは妥当でない。そこで~と解する」と書かれていたり、あてはめの結論部分で「・・・の要件を満たす。なお、本件では~であることから、このような結論も不当ではない」などと書かれているのを見ることがあると思います。

 答案を書くのに慣れていないうちは、このような記述を見て、「妥当性」が万能ワードのように思えてしまい、条文の要件、規範定立もあてはめもすっ飛ばして「・・は妥当でない。よって甲の請求は認められる」とか、「Aの請求が認められないのは・・の事情から酷である。よってAの請求は認められる」などという書き方をしてしまうことがあるかもしれません。

 本ブログ(特に「第1回 法適用の基本構造」など)をここまで読んできた人は、このような極端な書き方をすることはないと思います。ただ、「妥当性については、どこでどのようにどのくらい考慮すべきなのか」については整理されていないかもしれません。今回は、この部分の整理についてのお話です。



(2)結論の概要



 結論を言うと、「『妥当性』は万能ではないので、自説の決定的な論拠にはしない」ということを意識したうえで、『妥当性』に言及する場合は、

・『自説(特に規範定立)の論拠の一つとして挙げる』
・『あてはめをして結論を出したうえで、その結論が不当でないことを述べ、結論の妥当性に配慮していることをアピールする』
・『一般的に使われる規範では結論が不当になってしまう場合に、修正規範を定立する必要性の根拠として書く』


の3つの場面だけで指摘すればよいといえます。
 また、これらは答案上で常に指摘する必要はなく、状況に応じて適宜指摘すれば足ります。

 以下、具体的な理由を説明します。




1 妥当性と法的安定性

(0)要点

 法解釈・法適用の際には、具体的事例においての結論の妥当性だけではなく、法的安定性も必要です。したがって、「結論が妥当でさえあれば良い」といった実質論偏重の思考は避ける必要があります。
 以下に詳しく述べます。


(1)結論の妥当性の重要さ


 法は現実に適用され、人の権利関係を規律することになるので、結論の妥当性は無視できません(裁判において非常識/不当な結論の判断ばかりがされるのであれば、いつか、暴動なり政治過程なりを通じて、裁判制度が変わっていくことになるでしょう)。
 したがって、答案においても、結論の妥当性に対する一定の配慮は必要です。


 しかし、結論の「妥当性」はそれだけが最優先されるべき事項なわけではありません。



(2)妥当性偏重が法的安定性を害すること


 結論の妥当性、という観点だけで考えると、どんな解釈であっても結論が妥当なら良いようにも思えますし、極端な話、全ての論点において「諸般の事情を考慮して結論が妥当となるように判断する」という規範を定立してしまって、あとは全部あてはめで考慮してしまえば結論が出せるようにも思えます。
 さらに、問題はこのような個々の規範定立の話だけにはとどまりません。
 そもそも、このように実質論だけで結論を出してしまうのなら、例えば民法の条文自体、1条(公共の福祉、信義則、権利濫用禁止)だけを規定し、それ以外については各事例で実質論を議論して結論を出せばよいようにも思えます。


 しかし、このように妥当性だけを強調するのは不適切です。「妥当性」という概念は極めて曖昧であり、これを基準に判断を行ってしまうと法的安定性を無視することになってしまうからです。



(3)法的安定性(予測可能性)の重要さ

 以下に述べるとおり、法適用においては、妥当性のみならず、法的安定性の観点も無視できません。


ア 事例ごとの安定性・公平性の観点


 前にも触れたことがありますが、裁判は公務ですから、事例ごとの結論は安定しているべきです(同じような事例では同じように判断されるべきです)。


イ 人の自由保障の観点


 また、刑法の自由保障機能を想起すればイメージしやすいことだと思いますが、人の活動の自由を保障するためには、法規範は具体的に与えられているべきです。これは刑法に限らず、民法等でも同じことです。「どのような取引をすればどのような権利を取得できるのか。何をすれば要件を満たせるのか」があらかじめ具体的に与えられていないと、自分の望む通りの活動(経済活動その他)ができなくなってしまいます。

 たとえば、民法483条は、特定物売買においては、「引き渡しをすべき時の現状」で引き渡すべき旨を規定していますが、もしもこの条文がなければ、特定物売主としては「何が何でも契約時の状態を完全に維持したまま引き渡さなければならない」という恐れを払拭できず、特定物を売り渡すこと自体を躊躇してしまうかもしれません。

 また、例えば、敷金返還請求権の発生時期について、裁判所として「明渡時説」「終了時説」を決めずに、事例ごとの結論の妥当性だけで場当たり的に決めるとなると、賃貸人、賃借人とも、「どのようなつもりでいればよいのか」がわかりません。(※なお、この点については、令和2年施行改正民法では662条の2第1項1号で明渡時説が明文化されました。)



 このように、「この状況で自分の権利は守られるのだろうか?」の予測を可能にし、人の自由を保障するためにも、法的安定性の観点は重要です。


(4)以上のとおり、法の世界では法的安定性も極めて重要な観点であり、この点を無視して妥当性論(実質論)ばかりを強調した法適用を行うことは、不適切といえます。



(次の記事に続きます。)



第20回 再現答案・参考答案等の読み方 その3

(前のページの続きです。→その1は こちら です。) 4   再現答案、参考答案の読み方②・・ 論証、あてはめ等の実際の書き方/文例 の 仕入れ  答案の法理論的な骨組みが分かったとしても、実際の試験では、見出しだけ並べるのではなく、文章の形で答案を書かな...