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2019年7月11日木曜日

第11回 「論理的思考」「論理的に書く」とは その4


(前の記事の続きです。→その1はこちらです。

(今回はやや細かすぎる議論なので、読んでみてもよくわからない、という場合は、この項目6については丸々無視してよいと思います。)


6 補足・・・論証の際に論拠をどこまで詳細に論じるべきか

(1)問題提起

 <第11回「論理的思考」「論理的に書く」とは その2>の記事の「焼損」の例では、下線部分以外の部分はとりあえず置いておきました。
 具体的には、「放火罪は公共危険犯的側面が重要であるから、公共の危険発生の有無で『焼損』に達したかを判断すべきである。そして、日本では木造家屋が多いため独立燃焼が可能となれば公共の危険は発生するといえる。よって、『焼損』とは、独立燃焼に達したことを言うと解する。」という論証のうち、下線部分が命題の骨格部分であるとして、

〔ア〕放火罪の『焼損』(A)=公共危険(B)の有無で判断する
〔イ〕独立燃焼(C)に達した=公共危険(B)は発生している
ゆえに
〔ウ〕独立燃焼(C)=『焼損』(A)

と命題を整理しました。

 そのため、「下線部分以外をなぜ無視するのか?三段論法としての位置づけは?」という疑問もあるかもしれません。今回の記事は、これについての説明です。

 司法試験で答案を書く際にはここまで細かいことを常に考える必要はないので、よくわからなければここは無視してもよいところと思います。ただ、「論理的に書く」ということの理解に役立つかと思うので、書いておきます。


(2)「命題」と「命題の根拠」について

 この下線部以外の部分は、「なぜその命題が成り立つのかの根拠部分」にあたります。
 たとえば、命題〔ア〕は、「放火罪の『焼損』(A)=公共危険(B)の有無で判断」というものであり、これに先立つ「放火罪は公共危険犯的側面が重要であるから」という部分は、「なぜA=Bという命題が成り立つのか?」についての根拠に当たる部分です。

 しかし本当は、命題〔ア〕の根拠としては、以下の事項の宣言が必要です。

①焼損=放火の要件・・・・・・P
②放火=公共危険犯的側面
③公共危険犯的側面=要件解釈の指針は公共危険の有無・・・・・・Q
よって、
④焼損=公共危険の有無が基準
(正確にはイコールばかりでつながるわけではありませんが、ここでは簡単のためにイコールでつないでいます。)

 以上の4つの小さな命題を宣言して初めて「焼損=公共危険の有無が基準」という命題が示されることになります。
 ただ、このうち、Pは刑法の条文に書かれていることですし、Qについても、論証中で犯罪の性格を指摘するのはそれを要件解釈の指針にするためであることは当然なので、わざわざ書く必要がありません。そこで、PQを省略した形で、「放火罪は公共危険犯的側面が重要であるから、公共の危険発生の有無で『焼損』に達したかを判断すべき」などと書いてしまうわけです。

 このように、命題の根拠においても三段論法は観念できますが、実際には一定の省略が行われていることが通常です。


(3)どこまで「命題の根拠」が必要なのか

ア どこまで「命題の根拠」が必要か

 ちなみに、さらに厳密に言うと、上の①~④の書き方では、例えば②で「放火は本当に公共危険犯的側面を持つのか?なぜそう言えるのか?」が述べられておらず、命題の根拠がありません。これは問題視すべきでしょうか。

 一般的に、「論証する」という行為には「論拠」が必要ですが、実は、どこまで論拠を深めていっても、「ここで終わり」とはっきり言うことはできませんどんな論拠に対しても「そのようにいえるのはなぜ?」という疑問を投げかけることができるからです。

 しかし、現実の世界で論証をするのは、相手を説得するための行為なので、このように無限の疑問にまで対応する必要はありません。すなわち、相手とすでに共有できている命題(常識的な命題)については、根拠なしに用いて構いません。民法の「もと所有」について、相手方の自白が成立するところより前の所有関係については議論不要となる、というのと似たイメージです。

 このように考えると、結局、現実の世界で論証する、ということは、「書き手と読み手との間で共有可能な命題を繋いで結論を出す」というのが基本になります。
 したがって、共有できている命題(具体的には、「通常の論証例で論拠として使われている命題」など)については、それ以上深めた論拠は不要です。

 上記②について見てみると、「放火罪が公共危険犯的側面を持つ」ということについては一般的に受け入れられていることなので、ここについて根拠が示されていないことは、問題視する必要がない、ということになります。


イ 「意思決定による命題」について

 ところで、以上のように「共有できている命題によって論証する」と考えると、「なぜ論者によって結論が異なってくるのか?」を疑問に感じるかもしれません。

 なぜこのようなことが起こるのか。語弊を恐れずに言うと、それは、「当該論者の意思決定によって提示される命題があるから」です。
 例えば民事訴訟法の「一部請求と過失相殺」の論点では、按分説は「訴訟物が一部に限られるという形式を重視すべきである」とし、外側説は「原告の合理的意思・一回的解決を重視すべきである」としており、この違いが、結論の差をもたらす決定的な要因になっています。これは、論者ごとの「べき論」(意思決定)に依存する部分です。

 以上のとおり、論証の際には、「共有可能な命題」のみならず、「論者個人の意思決定による命題」を積み上げていくことで、論者ごとの見解が出来上がることになります。


(4)まとめ

 以上述べてきたとおり、各命題の論拠を書く場合は、「共有可能な命題」「論者個人の意思決定による命題」を基本に、自明な命題は省略しつつ書いていくことになります。
 ただ、普段からこんなことまで細かく考えても試験との関係では時間の無駄なので、一度理解しておけばそれで十分ですし、もしもよくわからなければあまり気にしなくても構いません。

 地味な結論ですが、試験との関係では、「答案集などで書かれている程度の丁寧さ(他の受験生に書き負けない程度の丁寧さ)で論拠を示す」ということを重視しておけばよいでしょう。




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