今回は、裁量逸脱濫用の議論の流れのうち、
①問題とする行政処分の根拠条文を特定する
↓
②当該判断について裁量権があることを論証する
↓
③裁量があるとしても、裁量逸脱濫用がある場合には違法(取消事由)となる旨の宣言(行訴30条)
↓
④裁量逸脱濫用の判断基準の定立 ←ココ
↓
⑤本件の検討(あてはめ) ←ココ
↓
⑥結論 ←ココ
についての話です。)
(4)④判断基準の定立について
ア 基準定立の必要性
単に行訴30条を指摘して「裁量逸脱濫用がある場合には違法となる」とだけ述べてみたところで、「どんな場合ならば裁量逸脱濫用があったといえるのか?」はわかりません。
このように条文上の要件が不明確である以上、解釈して内容を具体化する必要があります。(「第1回 法適用の基本構造」等でこれまでに繰り返し触れてきたとおりです。)
イ 定立する基準について
裁量逸脱濫用を判断する際の考慮要素についてはいくつもあるのですが、司法試験答案で書く、という場合の実用性を考えると、まずは、「事実誤認、考慮不尽、他事考慮、事実評価の誤り、などにより妥当性を欠く判断がされたどうか」に着目する基準を使えるようになっておくべきです。
具体的には、例えば、「考慮すべき事実を考慮せず、または考慮すべきでない事項を考慮した場合や、事実評価の明白な誤り等により、社会通念上著しく妥当性を欠く判断がされた場合は裁量逸脱濫用があったものと言うべきである」(☆)といった基準です。(より丁寧には、最判平18.11.2民集60-9-3249など参照:リンクは裁判所サイト)
事例にもよりますが、このような基準は、使用頻度が高く、また、あてはめもしやすいので、まずはこれをしっかり身に付けておくのが良いでしょう。
なお、裁量逸脱濫用の検討においては、このような考慮要素の他にも、比例原則違反ではないか、平等原則違反ではないか、といった点を拠り所にして判断することもあります。そこで、問題文の事例において「行政上の必要性に比して処分の内容がやりすぎ」「他者と比べて差別的に処分されている」といった場合には、このような観点も加えて規範定立すると良いです。
いずれにせよ重要なのは、「あてはめで使う視点を判断基準の部分にも入れておく」ということです。
(5)⑤本件の検討(あてはめ)について
これは、普通に事実関係を指摘して、規範にあてはまるかどうかを検討するだけです。
本試験においては、問題文中にある事務所の会議録や、相談者(処分の違法を主張する依頼人)の主張内容などから、「どういう部分が裁量逸脱濫用だと言いたいのか」は、示されることが多いと思います。
したがって、それをベースに、「考慮すべきなのに考慮されていない」「考慮すべきでないことを考慮している」「重視すべき事実なのに軽視されている(事実評価の誤り)」などを具体的に指摘して、規範に当てはまることを述べればよいです。
なお、その際には、「なぜそれを考慮すべきなのか」「なぜそれを重視すべきなのか」などもできるだけ具体的に指摘すべきです。
例えば令和元年本試験問題を例にすると、「本件事業認定については、法20条3号により『土地の適正かつ合理的な利用への寄与』が要件となっているところ、土地の適正かつ合理的な利用という観点からは、土地収用による防災への影響も考慮すべきといえる。しかるに、本件事業認定処分の際には、本件事業により、周辺の防災目的の井戸が枯れてしまうのではないか、といった影響については調査されていない。ゆえに、この点に考慮不尽があり、社会通念上著しく妥当性を欠く判断がされたといえる。」などといった書き方です。(一応、本問をまだ解いていない方へのネタバレ防止のため、文字の色を反転させておきます。ドラッグしてお読みください。)
ところで、(4)で定立した☆規範には、「社会通念上著しく妥当性を欠く判断がされた場合」という部分もありますが、この部分は、あてはめにおいては上記例の下線部のとおり、簡単に結論を書くだけでよいと思います。理由は、「考慮不尽等があるにもかかわらず処分した、という時点で社会通念上著しく妥当性を欠く判断だと評価することが可能だから」です。(議論が浅いかもしれませんが、試験で合格答案を書く、という観点からはこの程度の思考整理で十分です。)
(6)⑥結論について
これについては、「以上から、本件処分には裁量逸脱濫用の違法がある(取消事由がある)。」などと述べればよいです。
なお、先にも述べたとおり、「法〇条の要件を満たすかどうか」自体を検討しているわけではないので、答案上で、「本件では法〇条の要件を満たさない」といった結論にするのは避けた方がよいです。「本件で法〇条の要件を満たすとした行政庁の判断には裁量逸脱濫用の違法がある。」といった書き方のほうがよいでしょう。
細かい書き方にまで常にこだわる必要がある、というわけではないのですが、裁量統制の議論においては、「判断代置をするのではなく、判断過程審査をしているのだ」ということは答案上でもしっかり明示しておくべきです。
(次の記事で、補足とまとめに触れます。)